九谷のカタチ

まだ世にない新しい価値観を
生み出す文化

九谷焼は加賀の九谷村で、約360年前に大聖寺藩祖の前田利治のもとで作り始められました。五彩と呼ばれる青(緑)、黄、紺青、紫、赤で彩られた大胆な絵柄が特徴です。この時期、わずか半世紀の間だけ焼かれていた九谷焼は、後世「古九谷」と名付けられ、高く評価されています。
その後、約100年の時を経て、藩内各地で再び九谷焼の生産が始まります。これが「再興九谷」です。
こまつの地で九谷焼の生産が始まったのは、今から200年以上前。文化8年(1811年)に、陶工・本多貞吉が能美郡花坂村(現在の小松市花坂町)で良質の陶石を発見したことをきっかけに、若杉窯が開かれました。
花坂陶石と呼ばれるその石は、現在も九谷焼の原料として使われています。
こまつの地は、製土から、型、生地、上絵まで、九谷焼に関する全ての技術がある場所です。それぞれに独自の技術・技法があり、多種多様、個性豊かな作品が作られています。九谷の歴史の中で、成形技術や上絵技法をここまで積み上げて来れたことは私たちの誇りです。
そんな中で、私たちが一番強く感じるのは、KUTANIは創意の文化だということ。いつの世も、新しいものを作り出し、新しい表現を生み出す、それがこまつの地におけるKUTANIのカタチだと思うのです。